熊本地方裁判所 平成元年(行ウ)5号 判決 1993年4月14日
原告
藤本久治
同
西尾善助
被告
熊本県知事
福島譲二
右訴訟代理人弁護士
竹中潮
被告指定代理人
坂口英治
外二名
主文
一 被告が、原告藤本久治に対し平成元年四月二六日付けでした公文書非開示決定(熊本県指令第三号)を取り消す。
二 被告が、原告西尾善助に対し平成元年四月二六日付けでした公文書非開示決定(熊本県指令第四ないし二〇号)をいずれも取り消す。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
(主位的請求)
主文同旨
(存備的請求)
1 原告藤本
被告は、原告藤本に対し、別紙文書目録(一)記載の文書を個人のプライバシーに関する情報を除いて開示せよ。
2 原告西尾
被告は、原告西尾に対し、別紙文書目録(二)の①ないし⑰記載の各文書を個人のプライバシーに関する情報を除いて開示せよ。
第二事案の概要
一争いのない事実
1 原告藤本は、被告に対し、平成元年三月一四日、熊本県情報公開条例(以下「本件条例」という。)に基づき、別紙文書目録(一)記載の文書の開示を請求した。
2 被告は、右請求に対し、平成元年四月二六日付けで、「現在熊本港建設に伴う影響補償交渉を進めている段階で、開示すれば県行政の円滑な運営に著しい支障を生ずることが明らかである。」から、本件条例八条八号に該当するとの理由で、右文書の非開示決定をし(熊本県指令第三号)、原告藤本に対し同年五月四日その旨の通知をした。
3 原告西尾は、被告に対し、平成元年四月七日、本件条例に基づき、別紙文書目録(二)①ないし⑰記載の各文書(以下、同目録(一)及び(二)記載の各文書を合わせて「本件文書」という。)の開示を請求した。
4 被告は、右請求に対し、平成元年四月二六日付けで、右2記載の処分と同じ理由で、右文書につきいずれも非開示決定をし(熊本県指令第四ないし二〇号、以下右2記載の処分を合わせて「本件各処分」という。)、原告西尾に対し、同年五月四日その旨の通知をした。
5 本件は、原告らが、本件各処分は本件条例八条の定める公開除外事由に該当せず、同条の規定を濫用するものであるとして、本件各処分の取消しを求めた事件である。
二争点
1 本件各処分の本件条例八条八号前段該当性
本件文書の開示が、本件条例八条八号中の「当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の公正若しくは円滑な執行に支障が生ずるおそれがある」場合に該当するかどうか。
(一) 被告主張の要旨
(1) 本件文書で対象となっている熊本県熊本港周辺海域漁業振興基金制度(以下「本件補助金制度」という。)は、熊本港建設に伴う関係九漁業協同組合(河内、松尾、小島、沖新、畠口、海路口、川口、網津及び網田、以下「九漁協」という。)等に対する漁業補償(以下「本件漁業補償」という。)交渉の過程で、被告が「熊本港建設に伴う水産振興について万全の措置を講ずること」を九漁協と合意したことに伴って創設された経緯があること並びに本件補助金制度は、熊本港周辺海域の九漁協及び関係市町を相手方とし、その対象を熊本港周辺海域における漁業の振興に限っていることに照らすと、一般的な補助金制度としての性格だけでなく、本件漁業補償を補完し、熊本港建設の円滑な推進を目的とするという特殊な性格を併せもつ。したがって、本件漁業補償交渉の過程において本件文書を公開すると、九漁協が相互の補助金額を知るに至り、その金額を根拠として本件漁業補償交渉を有利に進める材料として利用し、本件漁業補償交渉が著しく紛糾し、ひいては熊本港建設計画の実現がさらに遅延する。
(2) したがって、本件文書を開示すると、本件補助金制度の運用及びこれと表裏一体をなす本件漁業補償交渉が混乱、膠着し、右事務事業の公正、円滑な執行に支障が生ずるおそれがある。
(二) 原告ら主張の要旨
本件補助金制度と本件漁業補償の間には関連性がなく、本件文書の開示により本件漁業補償交渉が紛糾するという因果関係は存しない。
2 本件各処分の本件条例八条八号後段該当性
本件文書の開示が、本件条例八条八号中の「県の行政の公正若しくは円滑な運営に著しい支障が生ずることが明らかな」場合に該当するかどうか。
(被告主張の要旨)
本件文書は、熊本港建設工事及び本件漁業補償交渉に密接に関連するものであり、これを開示することは熊本県の行政の公正、円滑な運営に著しい支障が生ずることが明らかである。
3 本件各処分の本件条例八条三号該当性
(被告主張の要旨)
九漁協は、それぞれ、対外的には他の八漁協と漁業振興上競争者としての立場に立ち、また、本件漁業補償交渉においても、他の八漁協との間に競争者に類似する関係に立つ面がないとはいえない。したがって、本件文書を開示すると、各漁協の行う漁業振興のための独自性ある事業を外部に知らしめることになり、また、漁業補償契約締結へ向けての各漁協間の事務に支障を生ずるおそれが大きい。
4 文書開示請求権の濫用
(被告主張の要旨)
原告らは、本件条例制定以来の全文書開示申請の五〇パーセント以上(平成元年度は全体の八三パーセント)に及ぶ多数の公文書の開示を請求しており、本件文書の開示請求中には既に自己が保有している文書に対する請求や、松尾漁協の組合員である原告らにとっては、同漁協で閲覧できる資料についての請求も含まれている。このような開示請求は、本件条例の趣旨に照らし、その目的を逸脱するものであって、開示請求権の濫用として許されない。
5 本件条例適用除外規定(八条)の被告における濫用
(原告主張の要旨)
被告は、網津、川口及び松尾各漁協機関による補助金の不正流用、補助金詐取事実及び本件補助金の担当課である熊本県熊本港建設課の担当職員と右漁協機関の癒着共媒の事実を隠蔽するため、本件条例八条を濫用して本件各処分をした。
第三争点に対する判断
一証拠によれば、以下の事実が認められる。
1 熊本港建設事業について
(一) 熊本県は、昭和四六年九月八日、熊本港建設計画を発表したが、その目的とするところは、熊本市中心部から西方約一四キロメートルの有明海内に港を建設し、熊本都市圏に海運の門戸を開くことにより、県内産業及び経済の発展と県民生活の向上を図ることにある。右の事業規模は、平成三年六月までに投資額四五〇億円であり、事業による経済効果は、熊本県の事業としては他に比類のない重要事業である。
(<書証番号略>、証人岡崎)
(二) 熊本港建設計画の円滑な遂行のためには、右計画の実現により影響を受ける地元漁協等の理解と協力が不可欠であるところ、工事対象区域となる有明海内には、九漁協が共同漁業権、特定区画漁業権を有するほか各種許可漁業も営まれていることから、熊本県が建設工事を行うに際しては、漁業権の変更・消滅、工事による漁業への影響を余儀なくされるので、これに対し適正な補償をなすことが必要不可欠である。これに対し、九漁協では、国の定める漁業に係わる損失補償基準の適用による統一的な損失補償では、適正妥当な損失の把握及び補償がなされるのか否かにつき不安が大きいとして、右工事に対する同意がなかなか得られず、その着工が大幅に遅れていた。
(<書証番号略>、証人岡崎、同塩山)
(三) 昭和五四年二月五日、当時の熊本県知事沢田一精は、右交渉の経緯を踏まえ、次の三点を確約する趣旨の念書(以下「本件念書」という。)を九漁協に差し入れることにより、熊本港建設工事の一部着工とその継続について九漁協の同意を得た。
(1) 消滅及び影響補償等の漁業補償については、誠意をもって話し合いを行い、一部工事の着工と同時に着手し、完成年度(四年ないし六年)までに解決する。
もし、解決しなかった場合は、解決するまでは一部工事後の工事は中止する。
(2) 一部工事のための漁業の被害があれば、損害を賠償する。
(3) 熊本港建設に伴う水産振興については万全の措置を講ずる。
(<書証番号略>)
2 本件補助金制度設立の経緯とその概要等
(一) 本件補助金制度は、昭和五四年六月二八日、本件念書の前記(3)項を九漁協と合意したことに伴い、熊本県熊本港周辺海域漁業振興基金条例に基づいて設立された。その目的は、熊本港の建設に関連して、同港周辺海域における漁業の振興に資するためである。
(二) 本件補助金制度の基金は、その金額を二〇億円とし、昭和五四年六月二八日から同五九年三月三一日までの間に積み立て、金融機関への預金等による運用益を熊本県臨海工業用地造成事業特別会計歳入歳出予算に計上してこの基金に編入することとし、昭和五八年四月一日以後に基金の運用から生ずる収益をもって、積立期間経過後、熊本港周辺海域における漁業の振興に資するための事業を行うものとされている。
(三) 本件補助金の交付の対象となる事業者は、熊本港周辺海域に係る九漁協のほか、同関係市町(熊本市、宇土市、河内町、飽田町、天明町)であるが、右市町に対する補助についてもその行政区域内にある九漁協に係わる事業を補助する事業でなければならないとされている。
本件補助金制度の対象事業は、①水産資源の増殖事業、②漁場の整備改良事業、③漁港及び航路の整備事業、④漁業協同組合の整備事業、⑤漁業振興に係る技術開発及び調査事業、⑥その他漁業振興に必要な事業とされている。
(以上(一)ないし(三)について、<書証番号略>、証人岡崎)
(四) 申請から決定までの手続(<書証番号略>、証人岡崎)
(1) 本件補助金の申請をしようとする者は、本件補助金交付申請書に、事業計画書、収支予算書、実施計画書(工事を施行する場合)、水産業協同組合法四八条一項三号に定める事業計画書及びその他知事が必要と認める書類を添付して知事に申請する。
(2) 知事は、補助金の交付を決定したときは、その旨を補助金交付決定通知書により当該申請者に通知する。
(3)① 右決定通知後、補助事業等の内容に変更を生じ、経費に二〇パーセントを超える増減を生じた場合には、補助申請者は、変更申請書に事業変更計画書を添付して、知事に提出する。
② 知事は、右変更内容が適正と認める場合は承認することができ、補助金等の交付決定額の変更を必要とするときは、補助金等の交付の変更決定をする。
(4) 補助金交付決定を受けた者は、当該事業が完了したときは、実績報告書に、事業実績書、収支精算書及びその他知事が必要と認める書類を添付して提出する。
(5) 知事は、前項の実績報告書の審査及び現地調査等を行い、当該事業が適正になされているかどうかを調査し、交付すべき補助金の額を確定し、補助金交付確定通知書により当該者に通知する。
(6) 補助金の確定通知を受けた者は、請求書を知事に提出する。
(7) 県は、前項の請求者に、補助金交付確定通知書に記載した金額を交付する。
(五) 本件補助金制度の補助金申請、同交付に関する公文書は次のとおりである。
①補助金交付申請書、②事業計画書、③収支予算書、④実施計画書(工事を実施する場合)、⑤見積書(設計書を作成する必要のない工事又は種苗放流等の事業を実施する場合)、⑥組合事業計画書、⑦補助金交付決定伺、⑧支出負担行為書、⑨補助金交付決定通知書控、⑩補助事業実績報告書、⑪事業実績書、⑫収支精算書、⑬精算設計書(工事を実施する場合)、⑭工事請負契約書(工事を実施する場合)、⑮検査調書(工事を実施する場合)、⑯納品書(種苗放流事業等の購入を伴う事業を実施する場合)、⑰請求書(右同)、⑱出面表(人夫を雇用して事業を実施する場合)、⑲補助金額の確定伺、⑳補助金額の確定通知書、検査調書(熊本港建設課作成)、補助金交付請求書
なお、補助事業の内容に変更があった場合は、補助金変更申請書、事業変更計画書、補助金変更交付決定伺、補助金変更交付決定通知書又は補助金変更承認通知書が加わる。
(<書証番号略>、証人岡崎)
(六) 本件補助金制度の運用状況
(1) 本件補助金の年間総額は、約一億円で、各補助金額は一〇〇〇万円前後であり、最高では二〇〇〇万円のものがあった(<書証番号略>、証人岡崎)。
(2) なお、各漁協は、昭和六二年ころ、相互に本件補助金の実施状況については開示しない旨の申合せをし、熊本県もこれに協力することを了承した(証人黒田)。
3 本件漁業補償交渉について
(一) 経緯
(1) 熊本県と沖新漁協は、昭和五六年四月一七日、熊本港大橋及び物揚工事(漁場消滅面積34.6ヘクタール)に関する消滅補償について、漁業補償契約を締結した(一次補償)。
(2) 熊本県は、第一、二期埋立工事及び関連する泊地、航路、防波堤等工事(漁場消滅面積四八五ヘクタール)について、
① 沖新漁協を除く八漁協(以下「八漁協」という。)との間で、昭和五九年一二月一二日(第一回)及び平成二年三月三〇日(第二回)、各影響補償契約を、
② 沖新漁協との間で、昭和六〇年二月一四日、消滅補償契約を、それぞれ締結した(二次補償)。
(3) 熊本港建設事業は、昭和六二年に防波堤の拡張工事を追加することを決め、工事計画が改定された。
(4) 熊本県は、右港湾計画改定に伴って新たに生じた防波堤工事に関して、平成四年六月現在、沖新漁協との間で消滅補償について、交渉中である。なお、右交渉は、平成三年一〇月ころまでは、九漁協との間で合同して行われていたが、各漁協の申出により、同年一一月からは各漁協毎の単独交渉となっている(三次補償問題)。
(<書証番号略>、証人岡崎、同岩崎)
(二) 交渉状況(証人塩山、同岡崎、同黒田、同岩崎)
(1) 三次補償交渉が各漁協毎の単独交渉となっているのは、九漁協を一括する補償金の支給では、漁協間の配分で紛糾し、しかも各漁協の特殊事情が反映されないとの申入れによるものであり、右の特殊事情とは、各漁協が他の漁協より自己の被害が大きいと主張しているものである。
(2) 本件漁業補償交渉は、右のように漁協相互間でも交渉妥結に向けて足並みを揃えることが難しいばかりか、漁協相互の共有漁業権が入り組んでいること、九漁協の総組合員数が約三六〇〇名の多数に上り、各漁協で規模も異なること、各漁協内部でも操業者組合員と非操業者組合員が居て利害や被害感情を異にしており、しかも各漁協でその組合員の比率が異なる等組合執行部において組合員の意見を集約するのが難しいこと等の事情があって、妥結までには非常な困難が予想される。
(3) これまでの交渉から明らかになったところでは、本件補助金を含むものを本件漁業補償金と考えて交渉に臨んでいる漁協が複数あること、また、本件補助金請求を認めないと本件漁業補償交渉に応じないとか、来年度の本件補助金額を希望額認めてくれるなら調印するとか、本件補助金が少なかった分本件漁業補償金で埋め合わせをせよとか述べた漁協があった。
(三) 本件漁業補償交渉に関連する熊本港建設工事の中止例
(1) 沖新漁協に交付した補償金の配分を巡り、組合員間に紛議を生じ、一部組合員らが工事の阻止・妨害行動に出たため、①昭和六〇年五月一日から同六一年二月二八日まで、②昭和六一年五月九日から同月一七日まで、③同年七月五日から同月二九日まで、④同年八月五日から同月七日まで、それぞれ工事を中止した。
(2) 畠口漁協の漁船約五〇隻が海苔種付け時期の工事中止期間を巡る不満から海上デモを行い、昭和六一年九月二五日、工事を中止した。
(3) 熊本県と八漁協の間で昭和六二年度末までに補償交渉が調わなかったことを理由に、畠口及び小島各漁協の組合員が、海上デモを行い、昭和六三年四月一日、実力で工事を中止させ、更に畠口漁協が工事の中止を申し入れたため、熊本県は工事中のトラブル発生を未然に防止するため、同月一六日から同年八月一八日まで、工事を中止した。
(4) 熊本県は、八漁協との影響補償交渉において、合意に達することができなかったため、平成元年四月一日から平成二年三月三一日まで一年間、工事を中止した。
(<書証番号略>、証人岡崎、同岩崎)
4 本件条例の趣旨・目的
本件条例は、公文書の開示を求める県民の権利及び県民福祉の向上に必要な情報の積極的な提供についての県の責務を明らかにし、情報公開の総合的な推進に関し必要な事項を定めることにより、県民の県政に対する理解と信頼を深め、県政への参加を促進するとともに、開かれた県政の推進に資することを目的として、憲法二一条により保障される知る権利を文書開示請求権という形で具現化したものである(争いがない。)。
二争点1(本件各処分の本件条例八条八号前段該当性)について
1 被告は、本件文書を開示すると、本件補助金制度の運用及びこれと表裏一体をなす本件漁業補償交渉が混乱、膠着し、右事務事業の公正、円滑な執行に支障が生ずるおそれがあると主張する。
しかしながら、本件補助金制度は、すでに認定したように熊本港周辺海域における漁業の振興を目的とするものであり、熊本港の建設ないしこれに伴う漁業補償を直接の目的とするものではない。
なるほど、本件補助金制度は、すでに一1(三)及び2(一)ないし(三)で認定したように、昭和五四年に熊本県知事が熊本港建設工事に着工するため、九漁協に差し入れた本件念書中の「熊本港建設に伴う水産振興については万全の措置を講ずる」との部分の熊本県の具体的施策として設けられたものであり、補助対象も熊本港の建設に関連して、同港周辺海域、特に九漁協に係わる事業を補助する事業とされ、しかも事務主管課が熊本県熊本港建設課であるのであるから、熊本港建設によって漁場が狭くなる等の被害を被る熊本港周辺漁協に対し、漁業補償をするとともに、漁協らの熊本港建設に対する協力に対し、行政においても、漁業の振興事業に公費を支出して援助しようとするものであり、したがって、本件補助金制度は、熊本港周辺漁民の同港建設に対する理解と協力を得、ひいては本件漁業補償交渉を円滑に妥結に導くことに寄与することを期待して、運用されていることは否定できない。しかし、本件補助金制度は、当該年度における漁協としての事業に対する補助であるのに対し、本件漁業補償は、将来に渡る漁協組合員個人の損失を補償することを目的とし、各個人に配分することが予定された金員であって、その目的・趣旨を異にしている。また、本件補助金の算定は各漁協が申請した事業計画について補助の必要性を査定の上決定されるものであり、熊本県と個々の漁協が交渉し合意により定まるものではないし、もとより漁民個人の損失を考慮する余地はないものである(証人岩崎)。つまり、本件補助金額と本件漁業補償額の決定では原理、原則が異なっており、両者の金額算定における関連性は肯定できないものである。
2 本件補助金制度自体に対する支障としては、漁協において、前記一3(二)(3)に認定したようなことを述べて、ひいては本件補助金制度の運用を妨害しようとすることが考えられなくはない。しかし、被告において、支障が生ずるのではないかと危惧している行政は、あくまで本件漁業補償交渉であって、熊本県の担当職員は、右の交渉が終了すれば、本件文書を開示してもよいとの認識を表明している。(<書証番号略>、証人塩山、同岡崎、同岩崎)。しかも、仮に漁協が右のような態度に出たとしても、それは、本件補助金制度の公正な運用によって、解決されるべき事柄であるから、直ちに本件補助金制度自体に支障を生ずるものということはできない。
3 したがって、被告の標記主張は、採用することができない。
三争点2(本件各処分の本件条例八条八号後段該当性)について
1 本件条例の開示除外事由(八条)に該当するか否かの判断は、個人のプライバシー等の保護に最大限の配慮を払いつつ、条文の趣旨に則し、厳格に解釈するのが相当であり、主として熊本県の行政執行上の利益の保護を図って制定されたと考えられる八条六ないし八号の解釈に当たっては、そこで保護されるべき利益が実質的に保護に値する正当なものである場合であることを要する。そして、同条八号後段の「県の行政の公正若しくは円滑な運営に著しい支障が生ずることが明らかなもの」というのは、その文言に照らし、公文書の公開による利益侵害の危険が具体的に存在することが客観的に明白である場合をいうと解するのが相当である。
前記一に認定した事実(特に一3(二))によれば、本件文書が開示され、九漁協の本件補助金の受領額、事業内容等が明らかになった場合、本件漁業補償交渉にある程度の影響が生ずることが予想されないわけではないが、次に述べる理由により、本件漁業補償交渉の公正又は円滑な運営に著しい支障が生ずる危険が具体的に存することが客観的に明白とまではいえない。
(一) すでに述べたように、本件補助金制度と本件漁業補償とは、金額の決定手続が異なり、また、金額算定上に論理的関連性がないので、被告が主張する本件文書開示により本件漁業補償交渉の紛糾のおそれがあるというのも、あくまで漁協側が感情的に取引材料として補助金額の多寡を持ち出すおそれがあるというにすぎないものである。そして、本件補助金制度は、任意申請であり、必要な事業には予算の範囲内で公平に補助がなされるべきものであるから、県が公平な補助をしている限り、仮に漁協側が補助金額の多寡を補償交渉の際云々したとしても、漁協側の本件補助金制度の趣旨についての理解不足ないしはこれを悪用するものというべきであり、これに対しては、熊本県としては、本件補助金制度の趣旨について十分な説明をして、漁協側の理解不足を解消するように努力すべきものである。
しかも、昭和六三年五月ないし七月に、網津漁協等の補助金不正使用に関して、補助金額の一部が新聞報道され(<書証番号略>)、平成三年七月には、網津漁協の補助金返還に関する公文書が一部開示されながら(<書証番号略>)、それに伴い本件漁業補償交渉に客観的に支障を生ずるに至ったか否かにつき、熊本県の担当職員が具体的事実を指摘しえないこと(証人塩山、同岩崎)に照らしても、現段階において、本件文書の開示が本件漁業補償交渉に著しい支障を生ずる危険が明白になっているとは認定しえない。
(二) 金額的に見ても、本件漁業補償金の額は一漁協当たり少なくとも数億円で、一〇億を超えるところもある(証人岡崎)のに対し、本件補助金の額は、すでに認定したように年間一漁協一〇〇〇万円(最高でも二〇〇〇万円程度)であり、本件補助金の交付額の多寡が本件漁業補償交渉において持ち出されるとしても、それがさして重要性を持つとは考えられない。
(三) 本来本件補助金として支出された金額も、県民に明らかにされるべき財政情報であり、各漁協にとっても補助金額が開示された上で、本件漁業補償交渉に臨む方が、補助金額を取引材料にされたりせず、公平かつ公正な交渉が可能になると解される。
(四) これまでの本件漁業補償金の交渉過程で漁協側が本件補助金額を交渉の材料として利用したケースは、前記一3(二)(3)で認定したとおりであるが、いずれも他の漁協との比較を述べたものではないし、各漁協が受けた補助金額が明らかになったとしても、その金額から当該漁協の漁業補償額案を推認することができるわけでもないし、仮にその補助金額が漁業補償を補完しているとしても、その程度・額を明らかにすることはできないわけである。またすでに認定したように本件漁業補償金と本件補助金とでは金額的にも大きな差があること、各漁協に交付された本件補助金額が明らかになった後に補助申請をすることもできることを考慮すると、本件文書の開示により新たな紛争の種を生ずる危惧を云々することには説得力がないとしなければならない。
(五) したがって、被告の標記主張は、採用することができない。
四争点3(本件条例八条三号該当性)について
被告は、本件文書を開示することにより、各漁協の漁業振興のための独自性のある事業内容が他の漁協に知られることになる旨主張するが、各漁協の事業にどのような独自性があるのか、開示されると各漁協の事業にどのような不利益が生じるのか具体的な主張・立証はない。証人黒田(松尾漁協の組合長理事)の供述も、事業内容を知られると他の漁協に先に申請されて自分の漁協への補助が後回しになることを指摘しているにすぎず、仮に右指摘のような問題があるとしても、本件補助金制度の運用を改善することによって是正すべき事柄であるし、現に熊本県の担当職員は本件漁業補償交渉が終了すれば、本件文書を開示しても良いとの認識を表明している(<書証番号略>、証人塩山)。
また、本件文書の開示による本件漁業補償交渉に対する影響は、すでに述べたように、各漁協の競争上の地位を害するものとは認められない。
したがって、被告の標記主張は採用することができない。
五争点4(文書開示請求権の濫用)
1 原告らが、本件条例に基づき多数の公文書開示請求をしていること及び本件文書開示後の使用目的を明らかにしていないことから直ちに本件文書開示請求が権利の濫用であると断ずることはできないし、被告は、原告らの本件文書の開示請求は、本件条例四条の情報の適正利用の観点とは全く相容れない観点からなされたものであると主張するが、憶測の域をでないものであり、採用することができない。
2 また、被告は、本件文書のうち松尾漁協関係のものについては、松尾漁協の組合員である原告らは、容易に閲覧することができるから開示の必要性がないと主張するが、松尾漁協関係の文書も補助金交付決定通知書及び補助金額確定通知書を除く文書については、熊本県のみが原本を所持しているものと推測されるし、右の補助金交付決定通知書及び補助金額確定通知書は松尾漁協が所持しているとしても、原告らにその閲覧請求権を法的に認められているとはいえないので、被告の標記主張も採用することができない。
六以上のとおりであって、被告の本件文書に非開示事由があるとの主張はいずれも採用することができず、本件文書は開示すべきものであるから、本件各処分は違法であり、取消しを免れない。
よって、原告らの本件請求はいずれも理由があるので、認容する。
(裁判長裁判官堂薗守正 裁判官秋吉仁美 裁判官脇博人は転補のため、署名押印することができない。裁判長裁判官堂薗守正)
別紙文書目録
(一) 漁業振興基金に係る補助申請に関する松尾漁業協同組合の補助申請書(昭和六三年度分)
(二)① 漁業振興基金に関する(熊本港建設課)松尾漁業協同組合に係る補助金申請同交付に関する公文書(昭和六二年度分)
② 同右(昭和六三年度分)
③ 漁業振興基金に関する(熊本港建設課)網田漁業協同組合に係る補助金申請同交付に関する公文書(昭和六二年度分)
④ 同右(昭和六三年度分)
⑤ 漁業振興基金に関する(熊本港建設課)河内漁業協同組合に係る補助金申請同交付に関する公文書(昭和六二年度分)
⑥ 同右(昭和六三年度分)
⑦ 漁業振興基金に関する(熊本港建設課)小島漁業協同組合に係る補助金申請同交付に関する公文書(昭和六二年度分)
⑧ 同右(昭和六三年度分)
⑨ 漁業振興基金に関する(熊本港建設課)沖新漁業協同組合に係る補助金申請同交付に関する公文書(昭和六二年度分)
⑩ 漁業振興基金に関する(熊本港建設課)畠口漁業協同組合に係る補助金申請同交付に関する公文書(昭和六二年度分)
⑪ 同右(昭和六三年度分)
⑫ 漁業振興基金に関する(熊本港建設課)海路口漁業協同組合に係る補助金申請同交付に関する公文書(昭和六二年度分)
⑬ 同右(昭和六三年度分)
⑭ 漁業振興基金に関する(熊本港建設課)川口漁業協同組合に係る補助金申請同交付に関する公文書(昭和六二年度分)
⑮ 同右(昭和六三年度分)
⑯ 漁業振興基金に関する(熊本港建設課)網津漁業協同組合に係る補助金申請同交付に関する公文書(昭和六二年度分)
⑰ 同右(昭和六三年度分)